今回は、PEファンドへのキャリアを考える方が知っておきたいカーブアウトの概念について解説し、日本におけるカーブアウトベンチャー企業の事例も紹介します。
【目次】
カーブアウトとは?
カーブアウトとは、親会社が戦略的に子会社や事業の一部を投資家グループに売却することによって、独立させる事業戦略です。
言い換えると、親会社は事業部門を完全に売却するのではなく、その事業の持分を売却するか、持分を保持したまま支配権を放棄することになります。要するに、企業はカーブアウト戦略を用いて、自社のコアコンピテンシーではない事業部門を資本化・キャッシュに替えることになります。
一般的に、カーブアウトは、プライベート・エクイティ・ファンドなどのバイヤーにとって優れた投資対象です。しかし同時に売却元の親会社にとっては問題児であり、新たな買い手が資金面や経営面で支援することで再生できる場合もあります。
カーブアウトのステップ
ステップ1
売り手の事業会社は買い手が切り出した事業部門に投資する動機を理解する必要があります。買い手(プライベート・エクイティや事業会社)の買収、投資目的に基づいて、売り手は買い手候補に自社の資産や切り出された事業部門を売り込むことが肝要です。必ず投資銀行などのFAを起用しましょう。
ステップ2
売り手は、切り出される部門の評価のために、プロフォーマ財務諸表を作成しなければなりません。このプロフォーマ財務諸表には、切り出し前と切り出し直後のコストを記載する必要があります。
ステップ3
売り手はカーブアウトが残りの事業に与える影響を評価する必要があります。特にネガティブな影響を分析し、分割後に残存部門がどのように事業を進めるかを理解し、さらに残存事業部門のコスト構造と収益性を評価することが求められます。
PEファンド(プライベート・エクイティ・ファンド)にとってのカーブアウト
コーポレート・カーブアウトはプライベート・エクイティのバイアウト戦略の一つです。
基本的に何が起こるかというと、複数の異なる事業部門を持つ大企業が、ある部門を切り離したいと考え、切り離されたセグメントは親会社から「カーブアウト」され、独立した事業となります。
プライベート・エクイティ・ファームは、カーブアウト取引で分割された事業を買収する入札を行います(このような入札は投資銀行が仕切ります)。
親会社の取締役会はその提案を評価し、スピンオフや他の買い手への売却よりも経済的に魅力的であれば、親会社はプライベート・エクイティ・ファームに売却することを決定します。
このような大企業は、様々な理由で親会社からセグメントを切り離したいと考えます。
たとえば経営陣がアクティビスト株主の標的になり、事業の合理化を迫られる可能性があります。負債の返済や、リターンの高いプロジェクトへの投資のために、多額の現金を稼ぐべくノンコアを売ります。あるいは、その事業が市場で過小評価されており、独立した事業としてより良い評価が得られるかもしれないという目論見もあるでしょう。(多くの場合、親会社が売却し、プライベート・エクイティ会社が切り出す事業部門は「ノンコア」とみなされます)
このようなカーブアウト事業は、親会社の総収益に占める割合が小さいことが多いのです。そのため、親会社のエグゼクティブはその事業に集中することにあまり時間を費やしません(というよりも費やしてもあまり実にならない)。
このような負のインセンティブが働くと、親会社の経営陣はその事業に注力しないことが普通になります。多くの場合、カーブアウトセグメントの経営陣は、親会社全体の業績に基づいて報酬を受け取ります。(自分の事業部門の業績ではなく)
ここにカーブアウトが行われる理由があります。つまり親会社の経営トップ、事業部門の経営陣もそのノンコアとなっている事業部門の価値を最大化するインセンティブを与えられていないのです。その結果、これらの事業の多くはその潜在能力を最大限に発揮できずにくすぶり続けることになります。
そこでカーブアウトにより、経営陣は自社の業績に対する責任を負うようにしたらどうでしょうか。プライベート・エクイティ所有の下では、能力の低い経営陣は解任され、優秀な後任が招かれます。経営陣の年間報酬も会社の主要業績評価指標に連動するように再編成されることになるでしょう。
さらに経営陣へのインセンティブを高めるため、多くのプライベート・エクイティ・ファームは経営陣に投資利益の一部を分配する方策を取ります。投資がうまくいけば、経営陣は数百万ドルを手にすることができ、経営陣の個人的な純資産と収益が業績と連動するようになっています。こうすると今までくすぶっていたノンコア事業は急に勢いを増すことになるでしょう。
トップラインの面では、こうしたカーブアウト事業の製品・サービスの質は、その潜在能力を十分に発揮できていないので、実際の実力よりも売上高が伸びていないことが多いです。多くの場合、親会社の投資不足のために生じているので、株主をプライベート・エクイティにすれば修正可能な問題です。
第二に、価格設定が最適でないという事情もあります。
過小投資においては、大手の親会社は、非中核資産の価格決定力について綿密な市場調査をすることなく、コストを節約することが多いのです。親会社は、顧客にどれだけの価格上昇を転嫁できるかを十分に認識しておらず、まさに適当な値付けがされていることもあります。これは通常、プライベート・エクイティ・ファームのビジネスデューデリジェンス(BDDもしくはCDD)の一環として明らかにされます。
ビジネスデューデリジェンスのサービス・プロバイダーは、価格の非弾力性が高い特定の製品/サービスをピンポイントで特定でき、こうした分野の価格決定力を十分に活用することで、収益と利益率を高めることができるのです。
第三に、通常、企業(ノンコア事業)の営業力に問題があります。
つまり業績不振の営業マンが多すぎる、コミッションが低すぎる(あるいは高すぎる)です。
新規売上に対して報酬が支払われないため、新規顧客を獲得するインセンティブが働かないのかもしれないですし、リテンションに対する報酬がないため、顧客のキャンセルを気にしないのかもしれません。営業部隊を最適化することで、ビジネスの真の収益ポテンシャルに一歩近づくことができます。
コスト削減
コスト削減が出来る可能性のある正確な金額と領域は、コスト・デューデリジェンスを通じて明らかになります。人員削減は、ここでの重要なコスト削減手段です。
コスト・デューデリジェンスの結果に基づいて、新たにインセンティブを得た経営陣は、業績不振者を解雇し報酬を節約します。
責任を一元化するために、冗長な/重複するポジションは廃止され、一部のフルタイマーはパートタイマーに転換されるかもしれません。また、一部の職務は新興市場にオフショア化され効率化されるでしょう。(これらの人件費は一般的にバックオフィスの一部であり、収益には影響しません)
そのため、このような人員削減を行うことでカーブアウト後のビジネスは即座に利益率を高めることができるのです。
さらに、プライベート・エクイティ・ファームは、経費の増加を抑えるためより厳格なコスト規律を導入します。そのため、将来的な費用の増加率は低くなり、営業利益率は拡大します。その他のコスト削減策としては、ビジネス・プロセスのアウトソーシング、自動化、接待や過度なレジャーの制限などがあります。これらの施策の総体として、企業のEBITDAマージンは拡大し、企業の収益力は本来の潜在力に近づくのです。このようにカーブアウト・ビジネスには大きなアップサイドがある一方で、より多くの労力を伴います。
ここでの重要な問題は、カーブアウト・ビジネスが独立したビジネスではないということです。独自のウェブサイトやブランド名はあっても、独自のインフラはないのです。カーブアウトのシナリオはそれぞれ異なりますが、多くのカーブアウト事業は、一般的な企業インフラや諸経費(オフィススペース、電話やコンピューターなどのITシステム、企業向けソフトウェア、法務・コンプライアンス担当者、財務部門など)について、より大きな親会社に依存していることが通常です。結局のところ、大企業の一部になることの要点は、コスト・シナジーを達成することなので、カーブアウトの後はどうなるのかという問題が生じます。
移行サービス契約(TSA)
切り離された会社は、これらのサービスをどこから調達するのでしょうか。このような間接部門に関するサービスは、事業や投資に大きな打撃を与える可能性があります。従来の解決策は、親会社に一定期間これらのサービスを提供し続けてもらい(TSA締結など)、その対価として手数料を支払うというもので、カーブアウト事業が自立するための余裕と時間を得ることができます。
そのためには、移行サービス契約(TSA)を交渉する必要があります。TSAとは、親会社とカーブアウト事業者との間で交わされる契約で、継続的なインフラ・サポートの条件を定めたものです。TSAでは、親会社が提供するサービスと提供しないサービスを特定し、カーブアウト企業が負担する費用を定量化することが可能です。
ほとんどのカーブアウト事業のFSには、すでに会社経費の部門への本社費や経費の配分が含まれているため、TSA経費が会社の収益に影響を与えることはないです。しかし、カーブアウト事業が大きな親会社から切り離される場合、シナジー効果は失われます。
親会社はしばらくの間、インフラ・サポートを提供し続けますが、ある時点でこれらのサービスは終了し、カーブアウト・ビジネスは自立しなければならないという点があります。
このことを実際に考えてみると、移行サービスの終了を待ってカーブアウト企業独自の企業インフラやバックオフィスの立ち上げを始めることはできません。移行期間中にチーム作りを開始し、彼らが状況を把握する時間を与えなければならないからです。例えば、「移行期間中に自社の財務チームを立ち上げ、親会社の社員から実務ノウハウを学べるようにしなければならない」「新しいオフィスへの引っ越しに伴い、改装のためにオフィスを借りなければならない」等の様々な潜在的なコストが生じます。
ここで重要なのは、移行期間中に、カーブアウト事業が同じ企業インフラ・サービスに重複して支出する期間があるということです。親会社に移行サービスの費用を支払い、さらに自社のチームの費用も負担しなければなりません。これは決して馬鹿には出来ないコストです。この重複費用負担のため、最初の数年間の利益率は下がる可能性があります。事業の収益力を反映しているというよりも、取引の性質が原因でしょう。
財務モデル的には、これらの重複費用は実質的なキャッシュ流出を意味します。しかし、バリュエーション上は事業の真の収益力を反映させるために、重複費用を足し戻す必要がありますね。
では次に、実際のカーブアウトプロセスをどうするか考えてみましょう。
誰がカーブアウトプロセスを管理するのか?これは非常に手間のかかるプロセスであり、プロジェクト管理の経験豊富な専門家が必要です。
プロジェクト・マネジメント・オフィス(PMO)にスタッフを配置する必要があるので、そのために人を雇う必要があるかもしれないですね。つまり、人件費とヘッドハンティング料がかさむことになります。チームを指導する外部のアドバイザーを依頼するために、数十万ドルの費用がかかるといわれています。さらに、切り離した事業の法人格を変更する必要があり、これがすべての税金や銀行口座開設のベースラインとなります。加えて、登記等の事務的な対応を行う弁護士費用も発生します。
次に、企業独自のエンタープライズソフトウェアをセットアップする必要があります。これには通常、1回限りのセットアップ費用がかかります。また、カーブアウト・ビジネスのブランドを変更するため、支配権の変更について顧客やサプライヤーに伝える必要があるかもしれませんし、更に追加的なマーケティング費用やPR費用もかかるでしょう。
このような重複費用に加えて、カーブアウトを促進するための多額の一時的な営業費用や資本支出も発生します。
カーブアウトの振り返り
プライベート・エクイティ・ファームがコスト削減を通じて収益を向上させ、企業価値向上を果たし良いバリュエーションでエグジットする。これが究極的な目的です。
しかし、コスト削減を達成するためには一時的な費用が発生することが上記の例で分かったと思います。例えば、そのプロセスを監督するコンサルタントを招聘する必要があるかもしれないし、あるいは、既存の従業員に対してパフォーマンスが悪く辞めてもらう場合に退職金を支払う必要があるかもしれないでしょう。コスト削減を達成するためには、これらのコストをモデルに含める必要があるので、思ったよりも投資の初期はコストもかかり営業利益率も下がることは覚えておく必要があります。
LBOモデル作成上はカーブアウトを促進するために必要なコストを精査して、モデルに含めることが極めて重要です。
これらの費用は一時的なものかもしれませんが、1年目のキャッシュフローを悪化させ、リボルバーローンの引き出しを余儀なくされる可能性があります。つまりモデル上はデットが増えるので、その分株式価値に対してはマイナスのインパクトがあります。(勿論将来キャッシュフローが稼げてデットの返済に困らないなら大丈夫ですが)
日本におけるカーブアウトベンチャーの事例
これまではプライベート・エクイティ・ファンドによる投資と密接な関わりのあるカーブアウトを紹介してきましたが、最近ではより前向きなカーブアウトベンチャーも増えているため、紹介していきます。これは新たな技術やサービスを起業する際に有効な制度で、カーブアウトベンチャーとして成功すればMBOをして親会社から抜けることもできますし、親会社にとっては子会社としてカーブアウトベンチャーを取り込むこともできます。IPOやトレードセルによるM&Aも選択肢として入ってきます。
日本では、デンソーとベンチャーキャピタルのBeyond Next Venturesが共同して、手術用機器を接続できる情報プラットフォーム「OPeLiNK (オペリンク)」を活用し、事業展開するカーブアウトベンチャー「OPExPARK(オペパーク)」を設立した事例があります。
※参考:BeyondNextVenturesとデンソー、医療IoT新会社「OPExPARK」を設立
他にも、2021年のNTTドコモによるe-craftという会社のカーブアウトベンチャーも実績があります。同社はプログラミング教育サービス「embot(エムボット)」の企画、研究、開発、設計とプログラミングスクール「embot creative lab」の運営を行っています。
※参考:プログラミング教育サービスを企画開発する「株式会社e-Craft」を設立
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今回の記事では、カーブアウトおよび日本におけるカーブアウトベンチャー企業の事例についてお伝えしました。
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