財務デューデリジェンスとは何か?実務の流れから得られるスキル・やりがいまで

財務デューデリジェンスはM&Aにおいて、対象会社の財務リスクを峻別するために重要な手続きですが、実際に財務デューデリジェンスを行う会計士等のプロフェッショナルはどのような目的、流れでやっているのかを詳細に記載しているメディアや書籍は意外と少ないです。

今回の記事では、財務デューデリジェンスとは何か、に加えて目的、財務デューデリジェンスの業務の流れ、スキルや経験ややりがいも含めて包括的に記載していきます。

【目次】

  1. 財務デューデリジェンスとは何か?
  2. 財務デューデリジェンスの目的
  3. 財務デューデリジェンスの業務内容・流れ
  4. 財務デューデリジェンスにより得られるスキルや経験
  5. 財務デューデリジェンスにより得られるやりがい

財務デューデリジェンスとは何か?

財務デューデリジェンス(Financial Due Diligence)は一般的には買収監査と呼ばれ、財務DDは企業が企業を買収・売却する際に、対象会社の財務的なリスクや検討すべき論点を網羅的に洗い出す作業です。
財務DDを実施する趣旨は、企業を買収ないし売却する主体が、M&Aのプロセスの中で早期に財務のリスクや収益力、財政状態(運転資本や有利子負債の状況)などを事前に把握することで効果的なM&Aを実施するためです。

財務デューデリジェンスの目的

M&A全体の中での財務DDの位置づけは、契約書交渉の前に先立って行われるもので、企業価値評価や契約書交渉での主要な論点・リスクを事前に洗い出すというものです。

財務DDの結果はクライアントである買収側企業または売却主体である事業会社・ファンドおよびファイナンシャルアドバイザーである投資銀行に共有され、対象会社の収益性や財務上のリスク・論点(潜在的債務の有無や、運転資本の水準など)の理解を促すことにより、実質的な収益力(EBITDAや売上高の水準)、運転資本や設備投資に関するキャッシュアウトがどの程度生じる見込みなのかを明らかにし、ディールの財務上の論点・バリュエーションへ使用するEBITDAの水準や、状況によってはリスクの高い買収などを事前に防ぐことを可能にすることができます。
また財務DDの実施により正常収益力が明らかになれば対象会社のアドバイザー(投資銀行等)が企業価値評価を適切に行うことに資するので、非常に重要なプロセスとなります。

財務デューデリジェンスの業務内容・流れ

財務DDではM&Aのプロセスの中で早期に財務のリスクや収益力、財政状態(運転資本や有利子負債の状況)などを事前に把握するための財務DDレポート作成が業務になります。レポートは基本はパワーポイントで作成しますが、財務分析やQAシートはエクセルを使用して行います。
買手の財務DDをする場合は、財務DDの業務は①:VDR(バーチャルデータルーム)における過年度の財務諸表(監査済)の入手、および管理会計資料を確認することになります。

そして②:入手した資料を基礎に、各チームメンバーが担当する分析項目(PL・BS・運転資本・ネットデット・正常収益力・設備投資・キャッシュフロー計算書)に分けて、過年度の財務データの整理と分析を進めていきます。
分析を進めていく中で質問が上がった場合は、③Q&Aシートに質問事項を埋めていくこと、④:質問に対する回答が得られたら分析に反映していく流れになります。そして自分の担当する項目のプレゼンテーション資料を粛々と作成していきます。
④の業務は財務DDの報告会(中間及び最終)に向けて進めていくことになり、⑤中間報告会では、クライアントに対して財務DDでの検出事項をアドバイザーも含めて共有することになります。中間報告会でのクライアントのフィードバックやコメントをもとに財務DDレポートを最終報告会に向けて完成させていく、というのが大まかな流れです。

財務DDと他のプロセスとのかかわりで言えば、重要なものはバリュエーション業務でしょう。バリュエーション業務では異常項目を修正した正常収益力を反映したEBITDAがDCF法や類似上場会社比較法でのバリュエーションでの基礎になります。
また事業価値から株式価値を計算する際の非事業用資産や現金および現金同等物、デットライクアイテムを財務DDのレポートの中で把握しより信頼性の高いネットデットを反映し、株式価値を計算することになりますので、財務DDの結果はM&Aにおいて価格交渉に資する財務分析を行うという点でも重要です。

他のDDとの関係で言えば、偶発債務や簿外債務の有無は法務DDでも論点になる部分であるし、事業DDで事業計画の整合性を確認するために財務DDで計算された売上高やEBITDAの水準を比較するなど、密接に関連しています。財務DDの実施での留意点は、各分析の項目において数字のミスがないこと、財務DDレポート内の財務数値の一貫性確保および個別財務諸表から連結財務諸表を合算・修正するめでの正確性を確認することです。
特に連結ベースで財務諸表を分析・財務DDをしている場合は、監査済の財務諸表であればVDRなどから入手したデータを基礎にPLやBSなどの財務諸表を個社ごとに集計し連結財務諸表数値が監査済の財務諸表と一致しているか等の一貫性・整合性を必ず確認することになります。特に個社ごとのEBITDAを合算した結果と、連結財務諸表を基礎に計算したEBITDAが一致しているか等は非常に重要な確認ポイントです。

財務DDにおいて一般的に重点的に実施される分析項目は以下の通りです。

正常収益力

正常収益力分析とは、売上高もしくはEBITDAに関して過去のイレギュラーな取引や営業外項目の影響を排除して企業の実質的・経常的な収益力を測定するために行うものです。
特に、M&Aにおける財務デューデリジェンスで最重要と言っても過言ではないほどにキーとなる分析項目であり、財務デューデリジェンスレポートのエグゼクティブサマリーに必ず記載される項目になります。正常収益力を考慮した売上高およびEBITDAは、それぞれ正常化調整後売上高・正常化調整後EBITDAともよばれ、英語ではNormalized EBITDAもしくはAdjusted EBITDAと呼ぶことが多いと思います。

なぜ正常収益力分析が大事なのか

正常収益力分析は、非継続的な取引にかかる損益、会計処理の誤り等の調整を行い、正常化調整により会計処理の誤りや一時的・突発的な損益影響を排除した、企業のあるべき収益力が明らかになります。
正常収益力が重要な理由として、M&Aの場面で既に撤退を検討している事業の損益が過去の財務諸表に含まれていたりする場合は当該影響を排除して、財務分析およびバリュエーションをすすめないと全く意味のない数値が計算されてしまいますし、マルチプル法で企業の事業価値(EV)を計算する際に、正常化調整後EBITDAをベースにすることが実務ですので、M&Aにおいて価格交渉やバリュエーション実施においてポイントになります。

ほかには、過去の財務諸表を基礎に財務デューデリジェンスを行い正常収益力考慮後のEBITDAマージンを基礎に財務モデルを作成しますし、DCF法において将来のプロジェクション期間にわたる正常収益力分析を考慮した後の売上高成長率、EBITDAマージンを採用してバリュエーションを実施することで、より現実味のある企業価値評価を行うことが可能です。類似上場会社比較法もしくは、類似取引比較法によるマルチプルを用いて、事業価値を計算する際にも正常化調整後EBITDAを採用することが一般的です。

運転資本

財務デューデリジェンスでは、運転資本はエグゼクティブサマリーに必ず記載される重要項目の一つであり、特にキャッシュフローに影響する項目である事から、事業会社のみならず、プライベートエクイティファンドが重視することになります。
事業会社にとっても、DCF法でバリュエーションを行う際は、アンレバードフリーキャッシュフローが基礎になりますので、アンレバードフリーキャッシュフローの計算では税引き後営業利益に償却費を加算、運転資本の増減額と設備投資を減額して、その数値を計算します。計算要素を構成する運転資本の増減額は、将来の計画期間における運転資本水準で変わりうるので正確に事業計画期間の運転資本を見積もることがキーになります。
財務デューデリジェンスにおいては、監査済の財務諸表を基礎に計算した回転日数のみならず、正常化した回転日数の計算を行うことが重要になります。
運転資本項目のなかには、長期間滞留している売掛金や、販売不可能となっている棚卸資産、仕入先から支払猶予を受けている買掛金等が含まれていることがあり、これらの正常な営業循環取引にはならない項目を調整し実態を示す正常な運転資本の水準を算定することが、適切な企業価値評価に役立てます。

ネットデット

ネットデットは借入金や社債などの有利子負債から現預金を控除した数値です。

ネットデットの分析手法

財務デューデリジェンスの過程で入手できる、過年度のBSを基礎にして現預金および有利子負債の差額をネットデットとして計算し、デットライクアイテムや潜在的なキャッシュアウト項目を加味して、調整後のネットデットの分析を行います。デットライクアイテムは網羅的には把握することが重要で、退職給付債務や資産除去債務のみならず未払の給与や、法的係争の有無などQAシートも使いながら分析していくことが多くなります。

財務デューデリジェンスにより得られるスキルや経験

財務DDでは財務分析の手法のみならず、パワーポイントでクライアントに対するプレゼンテーション資料を作成する際のコメントの記載方法やエグゼクティブサマリーの作成等、監査業務とは異なるコンサル的なスキルや素養が身に付きます。
最初は各ファームにおけるフォーマットやクライアントの要求水準、サービススコープを理解しながら業務を進めていくところに難しさを感じるところはありますが、Big4であれば研修体制やフォロー体制もしっかりしているので、そこまで案ずることはないと思われます。またM&A案件に関する財務のほとんどは余程小規模でない限りBig4に依頼することになるので、継続的に案件があり経験値が短期間で多く積めることが魅力です。そのため、財務DDの経験を積みたい場合は、Big4 (EY, PwC, Deloitte, KPMG)のどれかで内定を貰うことを目指すと良いでしょう。

財務分析の経験という点では、分析手法について色々な書籍を読むことにより概論を頭に入れ、エクセルと実務書を携えながら業務を進めることが近道になります。PwCなど大手のBig4のアドバイザリー会社の実務書はAmazonで手に入るし、M&Aのプロセス(バリュエーションやSPA交渉)の全体で重要になる論点(正常収益力・ネットデット・運転資本など)を頭に入れながら分析をすると理解も早まるのでお勧めです。
会計監査を経験してきた会計士であれば、会計士試験を通じて得た知識や経験をベースに、個々のM&Aの案件ごとに緻密に分析、担当する分析項目のパートをやりきるという高いモチベーションが求められるので、スキル経験に加えて、やりきる力が重要になります。

財務デューデリジェンスにより得られるやりがい

財務DDの面白さ・やりがいは、企業の財務諸表監査のように法定監査とは異なり、クライアントに対して直接サービスやアドバイスを提供するというところでしょう。実際に財務DDレポートをクライアントに提出すると、今までクライアントが気付いていなかった財務上の論点の気づきがあり、感謝されるという意味で直接的なやりがいが感じられると思います。
また財務諸表監査とは異なり、決まったスケジュールではなくM&A案件のタイムラインに応じて機動的にクライアントの要求に対応しつつ、正常収益力の分析やネットデット等様々な論点に触れられることでM&Aに関する財務分析スキルの高まりを感じるところもやりがいの一つです。
キャッシュフローの分析でも設備投資の水準や、運転資本項目の回転日数や売上高に対する比率を計算することで、対象企業のキャッシュ創出力等を分析・理解が深まり買収の妥当性などを考えることができます。
財務DDは財務分析や細かい作業が好きな人に向いていると思われ、特に財務諸表監査でのスキルを基礎に、クライアントから受領した財務資料を緻密に分析しパワーポイントなどのプレゼンテーション資料に分析概要やM&Aを実施する上で重要な論点をまとめていくことで、クライアントに評価されることに喜びを感じる人に向いていると思います。
他にも海外のM&A案件(クロスボーダー案件)では対象会社の財務諸表も英語なので、英語で業務遂行できる能力も重要になりますし、語学も能動的に学習する姿勢も大事になります。

やりがいがある仕事は概して忙しいものですが、案件やチームによります。監査法人に比べて激務な傾向がありますが、これは監査法人における監査業務のようにスケジュールが毎期決まっているわけではなく、M&A案件のディールスケジュールやクライアントに応じて忙しさや成果物のレベル感も変わってくるためです。特にクロスボーダー案件ですと、海外との電話会議や、英語でのやり取りも生じますのでタイムラインのきつさもあいまってストレスフルになる可能性もあるので、自身のストレス耐性や激務耐性もよく考えて決断することをお勧めします。
財務DDチームに所属し、M&Aのディールに関する実務経験を積んだ人のキャリアは、事業会社やベンチャーの経営企画やCFO、少数ですがMBAを経由して投資銀行や投資ファンドに行く方もいらっしゃいます。財務DDでは業務内容が定型化しやすいので社内でバリュエーションやM&Aアドバイザリーのチームへの異動を希望される方もいます。
基本的には会計士資格を取得している人が多いので、会計の専門性をベースにしつつ、自分の志向にあったキャリアを選択することができますので、財務DDの経験はキャリアアップにも最適です。

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>財務デューデリジェンスに関する記事

コンサルとPEファンドの「デューデリジェンス」の違い
https://www.axc.ne.jp/media/careertips/duediligencethedifference

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このように財務DDはM&Aプロセスの中で行われる重要な手続きですので、監査法人における監査業務のように法令でスケジュールが決まっている訳ではない点を理解し、業務に取り組む必要があります。
監査業務もクライアントサービスですが、M&Aはより会社の経営に関わるイベントですし、タイムラインもファイナンシャルアドバイザーである投資銀行が仕切る中でタイトになりますので緊張感を持って行うことになります。
自分が分析している項目がバリュエーションの中でどのようにインパクトするのかを考えるのか作業することが肝要ですので、余裕が出てきたら財務分析のみならずDCFバリュエーションのモデルを見て、イメージを掴んでみるのも良いでしょう。
財務DD経験のみでは足りないという方は、ポテンシャル採用で投資銀行等への就職を考えてみるのも良いでしょうし、キャリアの選択肢が広がるものだと思います。


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