投資銀行の組織を考える際は、取り扱うディールの特徴を元に分類して考えるのが一般的ですが、これは「プロダクト部門」の組織の考え方です。
投資銀行では、特定のプロダクトに寄らず、クライアントに全般的な営業を行うカバレッジという部門があり、メンバーであるカバレッジバンカーがクライアントとの関係強化に日々励んでいます。今回の記事では、カバレッジ部門も含めた投資銀行の組織構造や、カバレッジ部門の役割、カバレッジバンカーの日常的な業務についてご紹介します。
【目次】
- 投資銀行の組織構造は大きくプロダクト部門・カバレッジ部門・ミドルバック部門に分けられる
- 投資銀行の中でのカバレッジ部門の役割①クライアント企業との関係強化
- 投資銀行の中でのカバレッジ部門の役割②クライアントの財務やビジネス分析を踏まえた提案の実施
- 投資銀行の中でのカバレッジ部門の役割③プロダクト部門と連携してディールを完遂させる
- 投資銀行カバレッジ部門の主な業務内容①日常的な電話・訪問活動、シニア訪問の調整
- 投資銀行カバレッジ部門の主な業務内容②企業分析やそれを踏まえた提案資料の作成
- 投資銀行カバレッジ部門の主な業務内容③(本来は業務ではないが・・・)接待・宴席の実施
投資銀行の組織構造は大きくプロダクト部門・カバレッジ部門・ミドルバック部門に分けられる
投資銀行内の組織は大まかに分けると「カバレッジ部門」「プロダクト部門」「ミドルバック部門」に分かれます。
カバレッジ部門は投資銀行専門の「営業職」にあたるものです。金融業界において「カバレッジ」は、クライアントを“cover” するという意味で、窓口を指す単語です。カバレッジバンカーはクライアントのニーズの有無に限らず、日常的にクライアントにアプローチしていきます。アプローチする中でクライアントのニーズが見えてきた段階で該当するプロダクト部門と連携し、特定ディールの提案に移る、といったビジネスフローがカバレッジ部門の基本です。
3つの部門の中で、金融業界や投資銀行への転職を目指される方が、よくイメージされるのは「プロダクト部門」です。プロダクト部門は、特定のディールを専門的に扱う部署で、大きく分けるとM&A、株のファイナンスを担うエクイティキャピタルマーケッツ、債券ファイナンスを担うデットキャピタルマーケッツ、上場に向けたアドバイザリーを行うIPOという機能があります。プロダクト部門のメンバーは異動や転職をしない限り、一貫して特定のタイプのディールビジネスを行うことになるので、上記4つのどれかのタイプのディールのスペシャリストになっていきます。
従ってM&Aをやりたい、企業の資金調達をサポートしたいなど、特定のディールに携わりたいと思って投資銀行への転職を考えている場合は、必然的にプロダクト部門での転職を進めることになります。
ミドルバック部門については、投資銀行ビジネスは金融商品取引法や会社法などによって厳格な法令・規制や制度を遵守しながら進められています。遵守する上では、さまざまな法・制度に対応した書類作成や、ディールの運営が規制に合致しているかといった審査・監査などを実施する必要があります。
少なくとも審査・監査に関わる部署については透明性を担保する観点からプロダクト部門と独立した部署が置かれていることが多いです。書類作成についてはプロダクト部門内の特定チームが対応する場合もありますが、大規模な組織では書類作成の専門部隊や、リーガル部署が独立していることもあります。
これらの部署は、多くの場合はプロダクト部門が特定のディールをスタートし始めると、都度ディールの書類や審査に対応するメンバーが設定されます。基本的にはディール数の方がミドルバック部門のメンバーの方が多いので、一人で複数のディールを受け持つのが普通です。あとは担当するディールの書類作成や審査対応などについて、ディールが滞らないよう定められた期限に間に合うように進めていきます。
一つのディールに主幹事として複数の投資銀行・証券会社が付くことがしばしばありますが、こうした場合はディールを主導する立場にある事務主幹事会社のミドルバック部門のメンバーが中心となって、主幹事会社間での書類作成/確認および審査のコミュニケーションも行います。
投資銀行の中でのカバレッジ部門の役割①クライアント企業との関係強化
投資銀行における営業職であるカバレッジ部門において、一般的に期待される第一の役割は、クライアントとの関係強化です。投資銀行で扱うようなビジネスは、クライアントにとってみれば会社の行く末を左右する重要なものであることが多く、裏を返せば、日用品のように日々取引が発生するものではありません。
1年に複数回ディールが発生すればかなり多頻度な部類になるでしょうし、数年に一度しか動かないといったクライアントも珍しくありません。
しかし、カバレッジバンカーは、担当範囲に含まれている企業であれば、すぐにディールが起こるわけではなくともクライアントとして幅広く日常的にコミュニケーションを取るのが役割と言えます。
クライアントからすれば、稀に発生する重要なM&Aやファイナンスニーズは機密性の高い情報ですから、信頼の置けるハウスに相談するのが当然です。
そこでカバレッジバンカーが日常的にクライアントとコミュニケーションを取っておくことで、将来のディールの潜在ニーズをいち早く拾い、ディールでの主導権を握ることが出来るようにしておきます。
尚、カバレッジ部門全体としてのクライアントの担当範囲は、ハウスのリソースにもよりますが、多くの場合は大企業の中でも有名な一部企業のみで、メンバーが限られる傾向にある外資系ハウスの場合は更に有力企業に限定されます。
リテール証券会社を持つ日系ハウスの場合は、リテール側にも法人営業というより幅広い企業をクライアントにする部署があるので、カバレッジ部門の範囲外の企業はそうした法人営業の部署が日常的なコミュニケーションを取っています。
投資銀行の中でのカバレッジ部門の役割②クライアントの財務やビジネス分析を踏まえた提案の実施
ファイナンスやM&Aのニーズはクライアントにとって特に機密性の高い情報ですから、ただクライアントとコミュニケーションを取るだけで簡単にディールニーズを掴むことは困難です。
そこでプロダクト部門では、独自の財務・ビジネス分析を元に、将来のファイナンス・M&Aなどに関する広汎な提案活動も行います。この時点では投資銀行としてどのようなディールにつなげるか定まっているわけではありません。
分析結果を資料でクライアントに示した上で、クライアントの中長期的な展望も踏まえてクライアントに適したディール手法や実施時期を検討していくことになります。提案活動といっても特定商品を販売するような一般的な営業活動とは異なり、資料をもとに今後の戦略を一緒に議論していくようなイメージです。
投資銀行の中でのカバレッジ部門の役割③プロダクト部門と連携してディールを完遂させる
ここまでのコミュニケーションを通じて、クライアントのニーズが投資銀行として具体的にディールを進める状態まで顕在化してきた場合には、クライアントのニーズをプロダクト部門と連携しながら満たしていきます。その後はプロダクト部門と協調し、具体的なプロダクト提案から主幹事獲得、ディールクローズまで進めていくことになります。
ディールが難航している際のプロダクト部門とクライアントの調整や、情報共有等を行う場合もありますが、多くの場合プロダクト部門からもクライアントに直接コミュニケーションを取ってディールを進めるようになります。ケースバイケースにはなりますが、効率性の観点からも、具体的なディールに入るとカバレッジ部門の出番は相対的に少なくなることが多いです。
但し、ディールがクローズした時は速やかにクライアントへ御礼や報告を行い、スムーズに今後のコミュニケーションにつなげていきます。
投資銀行カバレッジ部門の主な業務内容①日常的な電話・訪問活動、シニア訪問の調整
カバレッジ部門において最も基本的かつ重要な業務は、コミュニケーションのための電話・訪問活動です。この辺りは一般的な営業職の業務にも近いイメージです。
訪問については先にも書いたとおりですが、たとえディールが具体化していなくとも定期的にアポイントを入れ、クライアントと会話していきます。単純に思えますが、クライアントの相手方は部長クラスなど相応の役職の場合も多いので、そうそう頻繁に特定のクライアントと会えるわけではありません。
カバレッジバンカーにとっては、少ないチャンスを効率的に使っていかにディールのニーズを顕在化させていくかが重要となります。
電話も日常的に行い、日々の経済環境・相場状況を話しながら、クライアントの情報を拾い上げつつ、関係の強化に役立てていきます。訪問が頻繁にできない分、重要クライアントなどは極力毎日するなど、電話営業の重要性は一般的な営業職同様に高いといえます。
また、節目の役員・社長クラスの訪問を調整するのも重要な役割です。クライアント側も相応のメンバーに対応してもらうことになりますので、ハウス対クライアントの全社的な関係構築をしつつ、トップ層が描く今後の経営戦略などに関する情報を察知します。
カバレッジ部門の主な業務内容②企業分析やそれを踏まえた提案資料の作成
プロダクト部門と比較すると、カバレッジ部門の資料は分量・頻度としては少ない傾向にあります。訪問に持参するスタイルが一般的ですが、毎回必ず資料を持参するわけではなく、個々の判断で今後の潜在ニーズをつかむ上での好機のタイミングに作成するイメージです。
分量が少ない一方で、プロダクト部門と比較して定まった答えがなく、事前のビジネス・財務・市場環境の分析など広汎な分析が必要となることが多いため、やはり提案資料の作成における負担は決して小さくありません。
大規模なハウスでは、コーポレートファイナンスなどの名称で、カバレッジ部門向けの各分析やカバレッジ部門向けの提案資料の作成などを専門的に担う部隊が置かれていることもあります。
カバレッジ部門の主な業務内容③(本来は業務ではないが・・・)接待・宴席の実施
こちらも一般的な営業職でイメージされるところかもしれませんが、接待・宴席・会食もカバレッジ部門の重要な役割であるとみなされているのが一般的です。日本で投資銀行ビジネスを行う以上、結局クライアントの多くは日本企業なので、業務時間外でのこうした付き合いはどうしても重視されます。
ディールクローズ時や忘年会などの節目など様々な理由で、またクライアントの意向に合わせながらセッティングしていきます。相手の印象アップにつながるようなセッティングや当日のコミュニケーションが重要であるのはいうまでもありません。
また、接待・宴席が効果的な企業、むしろ逆効果になる企業、そもそも公的団体などでは宴席がNG、といったパターンもあるので、クライアントそれぞれに合せて適切に対応する必要があります。その上、特定クライアントとの癒着による弊害を避けるために、接待・宴席には各ハウス一定の制約が設けられる場合が多いため、過剰対応にならないよう留意する必要もあります。
これら全ての事情を踏まえて効果的な接待・宴席をセッティングしていく能力が、カバレッジ部門のメンバーには求められます。
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>投資銀行のキャリアに関する記事
「投資銀行」とは何か?わかりやすく解説【種類から存在意義まで】
https://www.axc.ne.jp/media/careertips/whatinvestmentbank
投資銀行(IBD)と資産運用会社(アセマネ)の違い【両セクターの経験者に訊く】
https://www.axc.ne.jp/media/careertips/investmentbankassetmanagement
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今回ご紹介したように、カバレッジ部門は意外なほど一般的な営業職と共通するところがある部門です。しかしながら取り扱う商材は投資銀行のディールであり、カバレッジ部門の提案によってクライアントの莫大な資金を動かすことになる重要性の高い仕事です。
カバレッジ部門で営業活動に携わっていても、投資銀行の専門性は培われるので、長期間働けば歴とした投資銀行のプロフェッショナルになることが可能です。自身の営業力を切り口に、投資銀行にチャレンジしたいという方は、カバレッジ部門から投資銀行のキャリアを始めるのも良いでしょうか。
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