投資銀行では「リサーチ部門(調査部門)」という、企業や市場・経済の調査を主体とする部門を持つケースが多く見られます。投資銀行の市場部門の顧客となる機関投資家向けの情報提供や一般投資家向けのレポート発信に加え、市場部門における資産の運用・トレーディングにおけるヒント・アドバイスを提供する役割なども担っています。
この記事では、投資銀行のリサーチ部門の仕事内容や果たす役割、求められるスキルなどを詳しく紹介していきます。
【目次】
- 投資銀行のリサーチ部門の仕事内容
- リサーチが分析・発信する主な情報
- 投資銀行のリサーチ部門における職種
- リサーチ部門の仕事に求められる知識やスキル
- 投資銀行のリサーチ部門における課題と今後
- リサーチ部門は独特だが投資銀行において多様な役割を果たす部署
①投資銀行のリサーチ部門の仕事内容
リサーチ部門について、企業や市場の調査をするという漠然としたイメージはあっても、何のために調査を行っているのか、どのような役割を果たしているのかわからない人もいるでしょう。まずはリサーチ部門の仕事内容を、果たす役割にもフォーカスしながら紹介していきます。
機関投資家向けのアドバイス
投資銀行はM&Aや企業のファイナンスなどの仲介を行うプライマリー(もしくはプライベート部門、教義のインベストメントバンキング部門など)とセカンダリー(もしくはマーケット部門、市場部門)に分けられますが、リサーチは多くの場合セカンダリー側の部門の一つとなります。
投資銀行のセカンダリーの主な顧客は銀行や保険会社など、企業のミッションの一部として資産運用を行う機関投資家です。リサーチで得た市場や企業、経済の内容などを機関投資家に提供するのが、リサーチ部門の重要な役割の一つとなります。機関投資家はリサーチ部門から収集した内容を元に、自社の資産運用の方針を決めるヒントとしたり、税務や制度変更への対応に役立てたりします。
リサーチは市場部門の一員であるため、機関投資家に対してはセールスに同行したり、電話会議に同席したりすることが可能です。法制度や自主規制ルール、コンプライアンスに準拠した上で資料を作成して提供することもできます。こうした取り組みにより機関投資家へ質の高い情報を提供し、機関投資家とセールスのリレーションを深めたり、取引を増やしたりする機能を担っています。
投資家に向けたレポート発信
一般の人がリサーチ部門の成果物と触れる機会が最も多いのは、彼らが発信するレポートでしょう。特にリテール部門を抱える証券会社では、リサーチ部門が調査・分析した内容に基づくレポート発信を頻繁に行っています。株式などでは銘柄ごとの投資推奨のレーティングを公表している場合もあります。
主に個人投資家に投資判断に役立ててもらう目的で、このような情報発信を行っています。
一般的にリサーチが発信する情報は、
①誰でも見られる情報
②証券会社の口座を持っていると見られる情報
③何らかの有料サービスを通じて見られる情報
に分けられています。
①や②は証券会社のリサーチ能力を示して、証券会社の新たな利用者を増やす目的があります。また②は、リサーチ情報に応じて売買を行う顧客が増えることを通じて、証券会社の手数料収入の獲得につなげます。これらリサーチのコンテンツ自体は収益を生み出しませんが、間接的に証券営業を促進する効果を持つのです。
③を行う投資銀行は相対的に少ないですが、有料会員などのシステムを設定して、特に質の高いリサーチ情報を会員に提供しているケースもあります。この場合は、リサーチが発信する情報が直接売り上げを生み出す仕組みとなるのが特徴です。
勉強会や講演会などを通じた情報提供
リサーチ部門はレポート発信や顧客ミーティング以外でも勉強会や講演会、取材などを通じて情報発信をする機会が豊富にあります。
この業務については複数の経路があり、投資銀行や証券会社が年初のような節目などに実施するイベントのコンテンツの一つとして、リサーチ部門の人間が情報発信を行う場合も。ほかにも、外部機関が開催するイベントにおける講演者として出演するケースもあるのが特徴です。
テレビや雑誌などマスコミの取材を受けたり、番組に出演したりという仕事を受ける可能性もあります。リサーチ部門というとデータ分析・レポートなどのコンテンツ制作を行うイメージを持たれがちですが、実は前面に立って自分の分析内容や考えを積極的に発言する場面も少なくありません。
こうした情報発信は、主に所属する証券会社のマーケティングや証券売買の促進などの役割を果たしています。証券会社の顧客以外の多くの人に情報発信を行うことで、所属する証券会社の知名度・信頼向上、口座数や口座の預入資金の増加に繋げる役割があります。
社内での情報活用
リサーチ部門が分析した内容は、投資銀行自体のビジネスにも活用されています。投資銀行のセカンダリー部門には債券や株、為替やデリバティブなどのトレーディング・ディーリングの部門があります。彼らは、リサーチ部門の情報やアドバイスを活用して、保有するポジションやポートフォリオの最適化による収益拡大、顧客とのトレーディングの品質向上に役立てています。
プライマリーの部門とリサーチ部門の間には情報規制が敷かれているため、市場部門と比べると社内連携がしにくい仕組みになっています。それでもコンプライアンス上問題が生じない範囲で、マクロ経済や業界・市場動向の情報収集などの目的でリサーチ部門と連携するケースはあります。
②リサーチが分析・発信する主な情報
リサーチは個別企業の情報やマクロ経済の現状・見通し、有価証券の価格動向や市場分析、税務・法務の動向など、さまざまな情報を分析し発信しています。
企業動向の分析
企業の業績や財務状況、事業戦略などを分析します。個別企業のビジネス環境や、財務状況、今後想定されるビジネスの方向性などをまとめてレポートとして発信します。リサーチ組織が大きい投資銀行の場合は、業種などでチームが区分けされていて、特定業種の企業に特化した社員がいることもあります。
マクロ経済の分析
リサーチ部門ではマクロ経済の分析も行います。例えば、GDP成長率や失業率、物価水準などを分析し、経済の動向を予測します。中央銀行の金融政策や政府の財政政策の分析も重要です。
マクロ経済に関する情報は、幅広い有価証券の値動きに影響を与えるほか、機関投資家がポートフォリオ全体の運用方針を策定する上でも重要な情報となります。そのため、質の高いマクロ経済の情報を発信する投資銀行は機関投資家に信頼されやすいのです。
金融商品の価格予測
株式や債券、商品先物やオプションなどの金融商品の価格予測も行います。金融商品の市場価格は企業やマクロの動向だけでなく、テクニカル要因で動くことも少なくありません。そのためデータ分析や金融理論を応用して、理論価格の算出や方向性の予測を専門にするチームや社員がいます。
市場動向の分析
各市場のトレンドや動向の分析も行います。個別の金融商品ではなく、それぞれの市場全体について分析して情報発信を行う役割です。
各市場の現在の価格水準の背景を分析し、マクロ経済やテクニカル的な要素などを踏まえて、今後の方向性を予測します。分析した情報は機関投資家のポートフォリオ形成に役立てられたり、市場全体の情報をまとめたレポート発信のコンテンツとなったりします。
その他の役割
M&AやIPOなどの企業金融におけるアドバイスや、デューデリジェンスの支援を行うことがあります。リサーチが持つ非公開情報や分析内容は、多くの場合プライマリー側のディールに使用することはできません。一方で一般的な法制度や税務の領域からサポートを行うことは可能です。
また、自社及び投資家におけるリスクマネジメントやコンプライアンスにおけるサポートを行う場合も。法制度や税制の重要な変更があった場合に、その内容を発信したり、自社や投資家が新制度に準拠するためアドバイスしたりすることもあります。
③投資銀行のリサーチ部門における職種
投資銀行のリサーチ部門の職種は、大きく分けてアナリスト、エコノミスト、ストラテジストに分かれています。それぞれ分析・調査する領域に差があります。リサーチ部門を目指す人は、具体的にどの領域で専門性を磨いていくのか明確にしておくと良いでしょう。
アナリスト
アナリストは、株式や債券などの金融商品を分析して、企業の業績予想や有価証券の価格の分析、将来の価格予測などを行います。企業・業界の専門知識や財務分析のスキルを必要とする職種であり、投資家が投資先を考える上で重要な情報源となっています。また、投資銀行自体の有価証券の運用やディーリングの戦略を立てる上でも、しばしばアナリストの情報を活用しています。
エコノミスト
エコノミストは、マクロ経済の動向を分析するのが主な仕事です。特に債券や為替、コモディティなどはマクロ経済の影響を受けながら価格が動くため、こうした市場の投資判断や価格予測に役立つ情報の発信に取り組んでいます。
レポート作成など行う一方で、マスコミの番組や記事、投資関連のイベントや勉強会、講演を通じた情報発信も実施します。アナリストと比較すると、より経済学分野の学問的な知見が求められます。
エコノミストの情報は、投資家のポートフォリオ全体のリバランスなど、より大きな視点で見た時の投資判断に役立てられます。また、投資銀行サイドでは、営業活動の中における顧客への情報提供に活用されます。
ストラテジスト
ストラテジストは、投資戦略の分析やアドバイスを行う業務です。レポート作成などを通じた情報発信を行う一方で、機関投資家向けには投資先の選定方法や投資ポートフォリオの構築方法などを提案します。
市場分析や価格予測、ポートフォリオ理論など、より資産運用の実務的な知見を必要とします。為替や株式など市場の動きが活発な資産クラスでは、テクニカル分析の知見も有効に。実際に資産管理を行った人の経験が分析に活きるため、ディーラーやトレーダーからの異動・転職によってストラテジストになるケースもしばしば見られます。
④リサーチ部門の仕事に求められる知識やスキル
リサーチの仕事はまず大前提として、市場や業界、経済学やファイナンスなど特定領域の深い知識が必要となります。
その上でデータ分析をし、分析内容を論理的に資料にまとめる能力も重要に。さらに勉強会や講演会でのプレゼン能力を含むコミュニケーション能力も欠かせません。実は、リサーチ部門には多様な知識とスキルが求められるのです。
特定領域における深い知識
リサーチ部門が取り扱う領域は幅広いため、一人の社員が全ての領域の分析をカバーできるほどの幅広い知識を持っていることはまずありません。社員それぞれは次のうち、少なくとも一つにおいて業界でも稀有なレベルで深い知見を持っていて、その専門性を武器にリサーチ部門で活躍しています。
- 特定の有価証券の市場に関する知識
- 特定の業界に関する知識
- 企業の財務分析やファイナンス・会計などに関する知識
- マクロ経済・ミクロ経済に関する知識
- ポートフォリオ理論などをはじめとした金融理論
- 金融に関する法制度・税制などの知識
など
データ分析能力
リサーチでは大量のデータを収集し、分析することが必要です。そのため、優れた分析力が求められます。統計学や数学の知見が必要になることはもちろんですが、こうした理論を、ITテクノロジーを活用しながら実践に応用するスキルも重要です。
また、時にはヒアリングした内容や文章など、数値化されていない情報を分析しなければならない場合も。必要なデータや情報の収集と、それらを有効活用して付加価値の高いコンテンツにまとめる能力が求められます。
レポートや資料の作成能力
リサーチ部門では、独自の分析や調査を経て構築した情報を、レポートや資料の形でまとめて発信します。
せっかく質の高い分析を行っても、その内容が納得感の高い形で投資家に伝わらなければ、リサーチとしての役割を果たすことはできません。論理的かつわかりやすい、見やすい形でレポートや資料にまとめることも、リサーチ部門に求められる重要な能力の一つです。
コミュニケーション能力
リサーチ部門は分析やレポート・資料作成といった業務が多い印象があるかもしれませんが、実は高度なコミュニケーション能力が求められます。
分析や調査を行う上では数値ででき上がっている情報だけを使用するのではなく、企業の財務担当者や特定領域の専門家などとの面談や電話を通じた情報交換を頻繁に行っています。相手とうまくリレーションを築きながら、必要な情報を引き出さなければなりません。
また、機関投資家に対する投資のアドバイスや情報提供はリサーチの重要な役割です。ほかにセールスが同行するケースが多いとはいえ、顧客から信頼を得て、取引を活性化させる上ではリサーチが円滑にコミュニケーションをとりながら、相手に役立つ投資情報を与える必要があります。
このように、リサーチの社員がコミュニケーション能力を発揮する場面は、予想より多いと感じる人もいるでしょう。
英語力
大手の金融グループの投資銀行や外資の投資銀行においては、英語力があった方が付加価値は高まる可能性があります。
グローバルな投資銀行は機関投資家の顧客としても、リサーチのカバー範囲としてもグローバル企業や海外市場との関わりが多くなります。そのため情報収集・発信の双方において英語力が重要です。
また、レポートについてもグローバルな投資銀行では英文でのレポート・資料作成を行うため、英文の作成能力も求められます。
⑤投資銀行のリサーチ部門における課題と今後
最後に、投資銀行におけるリサーチ部門の課題や、今後のリサーチビジネスに起こる変化に対する展望を簡単に紹介します。
情報規制に関する業務の制約
投資銀行のリサーチ部門は、多くの場合、上場企業の情報開示書類や公表情報、自主調査などを基に、レポートを作成しています。時にはヒアリングの中で、非公開情報や機微情報に触れる可能性の高い業務です。
投資銀行においては非公正な競争を避けるために、各部署に厳しい情報管理の規制が敷かれていて、リサーチが得た非公開情報を活用してプライマリービジネスやマーケットビジネスを優位に進めるようなことは厳しく禁じられています。
つまり、リサーチ部門が質の高い情報を得たとしても、その情報およびその情報を活用して分析した内容が、投資銀行ビジネスには一切活用できないケースも少なくありません。
情報管理の規制は公正な取引を徹底するために必要なものではある一方で、リサーチ部門においては業務の制約要因になります。法規制への遵守と質の高い情報の提供をいずれも行うため、リサーチ部門においてしばしばジレンマが生じるのは、リサーチ能力で他社と差別化する上での課題となります。
AIや自動化に伴う分析技術の発展と仕事の減少リスク
AIや機械学習の技術が急速に進化しており、リサーチ部門においても、これらの技術を活用した分析が進められています。AIを活用すれば、大量のデータを高速かつ正確に分析することができ、リサーチ部門の業務の効率化が期待されています。
こうした先進技術の活用は、リサーチビジネスにおけるチャンスとなる一方で、先進技術を取り入れる能力のある者(もしくは会社)とない者で、提供できる情報の精度や即時性に差を生む源泉となるでしょう。
さらに、近い将来はある程度の文章をAIが自動で作成できるようになる可能性も。レポート作成の高速化が期待できる反面、機械が作成するレポートの差別化ができなければ、リサーチの仕事の機会が失われるリスクもあります。AIなどの先進技術を活用しながら「人でなければ提供できない」高い付加価値を発揮するスキルが必要となるのです。
ESGやSDGs領域のリサーチ能力の強化
コンテンツに関する注目ポイントに目を向けてみると、ESG(環境・社会・ガバナンス)やSDGsといった領域に関する情報発信、アドバイスのニーズが高まっており、こうした領域のリサーチ能力の強化を進める投資銀行も見られます。
2010年代半ばごろからグリーンボンドなどESGに関連するファイナンスニーズと投資ニーズが高まっていて、これらの領域の市場分析が必要に。さらにその後SDGsという考え方とESGが融合して分析・調査すべき領域は拡大しました。
当初は資産運用の文脈において分析や情報発信が行われてきましたが、ESGやSDGsが一般化する中で、現代では、企業が経営全般において社会貢献を重視する時代になっています。
その中で投資銀行のリサーチも単なる投資手段としてだけではなく、経済・ファイナンス・法制度の変化・市場動向など、さまざまな領域においてESG・SDGsといったテーマを基にした分析を求められるようになりました。当面はこれらの領域における質の高い分析や情報発信能力が、投資銀行内部からも、顧客からも求められるでしょう。
⑥リサーチ部門は独特だが投資銀行において多様な役割を果たす部署
リサーチ部門は企業や経済、市場などの調査を行うチームですが、その領域は一人の社員だけでは到底カバーできないほど幅広く、アナリスト・ストラテジスト・エコノミストといったように専門性ごとに担当者が分かれています。
コンテンツ自体を有料化して収益を得る場合もありますが、主に機関投資家や一般投資家への情報発信を通じて、証券会社の信頼向上や顧客および取引を増やす役割を担います。また規制に抵触しない範囲内で、投資銀行自体のビジネスに対してサポート・アドバイスする場合もあります。
簡単なレポート作成など、仕事の一部は今後AIが代替できる可能性もあり、今後リサーチ部門で活躍していくためには、人間の知識やスキル、経験に基づいた高度な分析と情報発信が求められる可能性が高いです。金融やファイナンス、法制度や経済など特定領域に深い知見を持つ人は、投資銀行のリサーチ部門がキャリアの有力な選択肢の一つとなるでしょう。
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>投資銀行へのキャリアに関する記事
投資銀行におけるタイトル毎の「年収・スキル・働き方」
https://www.axc.ne.jp/media/careertips/investmentbank_title
投資銀行は”激務”なのか?部門毎の「働き方の違い」と「激務と言われる理由」について
https://www.axc.ne.jp/media/careertips/investmentbankwlb
「証券アナリストは意味ない」は本当か?転職先別のメリット・活かし方
https://www.axc.ne.jp/media/careertips/securitiesanalyst_merit
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