今回は、ANAグループの出島組織としての役割を期待され、現在はグループの事業構造改革の目玉であるビッグデータを活用した「プラットフォーム事業」の推進をリードするOrbitics株式会社へのインタビュー。
ANAグループが2022年3月にOrbitics株式会社を立ち上げた背景や、期待される役割、実際にどのような業務を手掛けられているのかなどについて、代表取締役社長 板橋直樹様、取締役 小川祐樹様、ビジネス企画部長 勝元涼子様よりお聞きしました。
「ANA経済圏」の拡大に向け、グループ事業構造改革の目玉「プラットフォーム事業」をリード
久保
まずは、2022年3月にANAグループがOrbitics社の立ち上げに至った背景を教えていただけますか。
板橋様
COVID-19による影響が一番の起点になっています。もともと航空業界はボラティリティが高く、円高、燃料費の高騰、リーマンショックと、これまで幾度となく逆風にさらされ、その都度、売上が落ち込む時期がありました。航空業界は社会環境に影響を受けやすいことは以前から課題でしたが、今回のパンデミックの影響規模は明らかに過去とは異なりました。そのためANAグループとしても、このタイミングで事業構造の変革に向けて本格的に事業構造改革に乗り出したのです。
その一つが、ANAグループが持つ巨大な無形資産、いわゆるビッグデータを活用したプラットフォーム事業の確立です。すでにANAグループでは、「ANAスーパーアプリ」を起点とした‟マイルで生活できる世界”の実現に向けて取組みを開始しています。また、旅行事業においても、タビマエからタビナカ、タビアトまでをこれまでにない体験価値で一気通貫に提供できるサービスの実現を目指しています。
今回、このようなビッグデータを活用したプラットフォーム事業の加速や、オープンイノベーションの実現、新たなサービス・プロダクト開発を目的に、ANA X株式会社(ANAマイレージクラブの企画・運営会社)とアポロ株式会社の出資によりOrbiticsが設立されました。
久保
今回、アポロ社をパートナーとして選ばれた背景はどういったものだったのでしょう。
板橋様
以前からANAグループへの支援を通じて航空事業に理解があることに加え、コンサルティング経験とデータサイエンティストとしての知見、これらを総合的に兼ね備えているのがアポロ社だったからです。
久保
プラットフォーム事業が目指す先には、航空事業を伸ばしていきたいのか、それとも一人ひとりのLTVを上げていきたいのか、どうお考えでしょうか。
板橋様
ANAグループ全体として売上のポートフォリオを見ると、当然ながら航空事業が圧倒的に大きく、そこが伸びない限り新しい投資は生まれません。とはいえ、今は航空だけにとらわれずマーケティング全体で新しい領域をとらえ、お客様一人ひとりのLTVを上げるための施策を進めています。航空事業だけに偏って意識することはありませんね。
経営側の期待値も高く、グループ全体のデータ人材育成にも注力
久保
顧客データがOrbitics社のビジネスの根源となっていますが、そもそも顧客データに対してANAグループとしての成熟度や経営側の期待というのはどのような位置づけになるのでしょうか。
勝元様
ANA Xでは、プラットフォーム事業を推進するにあたって、“4つの機能”を掲げているのですが、その4つの機能のうち1つを‟データマーケティング機能”としています。そこからもわかる通り、経済圏を拡大していくためには、データは必要不可欠であるため、施策の核に置いているんですね。ANAグループが昔から保有してきたさまざまな事業のデータを横断的に使いデータベースマーケティングを推進していくことを組織としてもきちんと担保しています。
久保
板橋様の観点からはいかがですか。
板橋様
現在、OrbiticsではANA Xに対してデータ人材の育成を行っています。今年はすでに50人のメンバーの支援をしてきました。データへの感度を高めようという動きはグループ全体で高まっており、ANA Xと協業で進めています。
久保
小川様はいかがですか。
小川様
グループ全体としてデータ整備の方針が進み、その中でもマーケティングで使えるデータウェアハウスや機械学習基盤も整備が進んでいます。もちろんまだまだ足りないところもありますが、一元的に分析できる形になっていますね。一方で、新規事業や分析機能の追加などの際に開発を担うのがANA Xです。企画から入り、タッグを組んで進めていくことができます。
ANAグループの経営方針としてあるべき「データ活用の姿」を描く
久保
あらためて、皆さまのご経歴と、具体的にどのようなプロジェクトを手掛けているのか教えていただけますか。まずは、板橋様お願いします。
板橋様
もともと私は通信会社でネットワーク系の営業、コンサルティング経験を経て、2003年にANAに入社しました。当時はANAのITインフラ全般を担い、社内の通信ネットワークやコールセンターシステムの構築などを手がけ、2010年からドイツのスターアライアンスに出向。プロジェクトマネージャーとして世界一周運賃や共同手荷物カウンターなどさまざまなプロジェクトを経験しました。
帰国後は、LCCバニラエアの立ち上げに関わるシステム構築や、ANAのCIO(最高情報責任者)のサポートとしてDX戦略やIT部門の組織管理などを担当していました。また、2019年からは2年間ほどデータ組織の責任者を務めていました。Orbiticsの設立から現在まではCEOとして組織の立上げに従事しています。
久保
小川様は、今取り組まれているプロジェクトについてお聞かせいただけますか。
小川様
私は現在、Orbiticsのデータサイエンス部で部長を務めています。もともとデータ分析を強みとするベンダーに勤めており、その後コンサルティングファームに転職し、データ分析・活用の支援を長く実施してきました。その後、ANA Xのデータ分析をご支援させていただいたご縁から、今回Orbitics内のデータ分析を担当することとなりました。
私たちデータサイエンス部が分析支援している領域は多岐に渡っています。事業企画・改善に向けた分析示唆をレポート化するようなビジネスよりのアナリティクスを幅広い事業領域で実施していますし、デジタルチャネル上での顧客体験を最適化するために機械学習モデルでの予測スコアによって表示・配信内容をパーソナライズするためのモデル構築や配信ツール連携なども実施しています。
加えて、GRP全体のデータ活用の促進のために、事業ユーザーがPDCAを回せるような帳票設計とBI化企画や、データの見方、活用方法の研修なども実施しています。
久保
勝元様はいかがでしょうか。
勝元様
私はANAセールス(現 ANA X)の前身である旅行会社に新卒で入社しています。入社当時は経理を担当していましたが、その後、国内線旅行座席販売の販売計画をおこなう部署に異動し、2011年にANAのデータベースマーケティングチームに出向しました。旅行事業でのデータ活用にチャレンジを始め、昨年度ANA Xのデータベースマーケティングが立ち上がったためマネージャーとして参画しております。現在はANA Xでマネージャーを兼務しながら出向という形でOrbiticsのビジネス企画部に従事しています。
今はANA Xの旅行事業を担当しています。そこでは旅行事業の課題に対してデータを活用して解決できそうなことをまず整理した上で、実際に課題解決に向けた施策を検討しています。例えばANA Xでは、近年パッケージツアーの需要が減り、宿泊やチケットなど素材だけを販売しているのですが、さらに素材販売を拡大していくためにターゲットはどうすればいいか、どんなオファーをすればいいか。またホームページ上でどういう見せ方をすれば選んでもらえるのか。そういった一つ一つの課題と向き合い、具体的にデータを活用しながら実装するところまで取り組んでいます。
久保
これまでのパッケージツアーという画一的な旅行体験から、個人の趣向に応じた旅行が求められる中で、過去の利用履歴やデータを活用されているんですね。
勝元様
そうですね。とは言っても、過去の旅行実績だけでは個人の趣向性は判断できませんので、今はANAの搭乗履歴やANAカード決済の情報などの情報を組み合わせながら旅行提案を行っています。航空事業以外にも多くの事業を展開するANA Xだからこそできる強みだと思いますね。
久保
業務内容は多岐にわたっていますが、優先順位は板橋様とご相談されながら決めているのですか。
板橋様
そうですね。結局分析で終わらせないようにすることが大事なので、優先順位は環境に応じてアジャイルに対応しています。
小川様
やはりデータ分析におけるROI(投資利益率)は大事にしていますね。コストはすごくかけて分析したけれど、「何も活用していません」では意味がありませんので。一方で、成果だけを追及していると次第に分析活用やデータ活用は縮小均衡していきます。経営方針としてありたい姿や、「データ活用したらこんなことができるんじゃないか」といった提案も行うようにしています。
フィンテックなど航空事業以外の領域にもチャレンジしていく
久保
今、このタイミングで航空業界で課題解決に挑む面白味はどのように捉えていますか。
板橋様
幅広い業務に携われることだと思います。そもそも航空業界の航空券販売は、普通のEコマースとは収入の仕組みがまったく違うんですね。例えば、航空券は在庫が持てるわけではありませんし、収入計上のタイミングも異なります。また特典航空券に変えられるマイルの仕組みも、一般的なポイントプログラムとも大きく異なります。従来のマーケティングとは違った見せ方をデザインできるというのは、面白いところだと思いますね。
また前述した通り、ANAグループではタビマエ、タビナカ、タビアトの商材をはじめ、フィンテックとしての可能性を持つマイル、カード、Eコマース、スーパーアプリなど、ANAグループの中でも異なる業界エリアをクロスしながら事業ができるため、「航空以外の仕事にもチャレンジしてみたい」「新規事業に繋げたい」といった志のある方には魅力的な環境ではないでしょうか。
久保
プラットフォーム構想や産業構造の変革に興味を持っている方に合うということですね。
板橋様
そうですね。航空事業は簡単に言えば、A地点からB地点に安全に確実に輸送することがミッションです。そのためにデータを使って予知整備をしたり、フライトルートを計算したり。これらは航空の‟安全”がテーマとなり、当然こういった仕事が好きな方は大勢いらっしゃいます。一方、我々の事業はデータを活用して、いかにマーケティングを高度化させ、CX/UXを高めていくかが主たるミッションになりますね。
小川様
さらにOrbiticsの事業の面白さは、データを活用して実装まで事業を推進できることです。航空という大きな柱とそこから生まれる顧客資産、集まるデータなど…例えばANA Xでは、クレジットカード、保険、電気といったように多様なサービスを運営しているため、ANA Xと共にタッグを組むことでさまざまな課題に対して幅広くデータを活用することができます。
さらに一般的なコンサルティングファームや分析ベンダーと違うところは、実際に成果を出すところまで携われること。データ活用の企画を立案しさまざまなテーマを分析しながら、実際に事業としてお客様の課題を当事者意識を持って‟自分事”として叶えていくところまで伴走できるため、そこに魅力を感じられる方にとってはやりがいのある職場だと思います。
久保
クライアントワークではなく、感覚的には事業会社で働いているのと遜色はないと。
板橋様
はい。事業会社と思っていただかないと逆に入社後にギャップを感じるかもしれません。提案だけでなく、最後のゴールまでしっかりと行うこと。当然、責任は増しますがそれだけ大きな仕事ができる環境です。
ビジネスを描くだけでなく実装できる‟ビジネスデザイナー”が求められている
久保
現在、ビジネスデザイナーを求められていますが、‟ビジネスデザイナー”という名称にされた背景をお伺いできますか。
板橋様
最初は、DXコンサルタントという名前でスタートしたんです。しかしDXコンサルタントという定義はわかりにくく、さらにコンサル能力以外にもビジネスを変革していく力も必要です。事業をデザインしながらしっかり実装していく、そういう意味を込めて‟ビジネスデザイナー”としました。デザインの究極は、事業と事業を繋ぎ合わせ絵を描いていくこと。システムの視点を持つアーキテクトとして、ビジネスの視点を持つアーキテクトとして、事業の課題解決や新サービスの創造をデザインできる人材を求めています。
久保
ありがとうございます。最後にOrbitics社に興味をお持ちの方にメッセージをお願いします。
板橋様
今はまだ制度が未成熟であり、新たに作っていく段階です。だからこそなんでもやろうと思えばできる、そんなフェーズだと思ってください。とはいえANAグループというワールドワイドな会社でスケールの大きな仕事ができることは間違いありません。機敏に小回りのきく組織でスケールの大きな仕事がしたい人にとっては最適な環境だと思います。ぜひその醍醐味を感じながら、会社を作り上げていくことに興味のある方に入っていただきたいと思っています。
小川様
Orbiticsは、大企業特有のスケールの大きさと、ベンチャーならではのスピードの速さを両方経験できる会社です。社会へのビジネスインパクトも大きいため、野心を抱いて事業を進めていきたい方を歓迎いたします。
勝元様
Orbiticsには、それぞれ違うバックボーンを持ったメンバーが集まっています。私自身は、今皆さんにサポートしていただきながら、時短で働いています。社内にはさまざまなメンバーがおり、その多様性もこの会社の面白さだと思いますね。